六連島
【むつれじま】

旧国名:長門
彦島の北西,響灘に浮かぶ島。「日本書紀」仲哀紀にある「没利(もつり)島」,「能因歌枕」にある「牟都留能志麻」が六連島の古名とされている(地名淵鑑)。「長門国志」には「今俗に毛都礼志麻と云ひて六連島に作り,島大小六つあり,大なるを蟹島と云ふ。形似たるを以て名づく。本国豊浦郡に属し,小なるを馬島と云ふ。豊前国企救郡に属けり。名義は六連なり。如此島六ツ連れなる故に然云ふなり」と地名の由来を記す。
【六連島(中世)】 戦国期に見える地名。
【六連島(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【六連島(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7194706 |





