藍住町
【あいずみちょう】

(近代)昭和30年~現在の板野郡の自治体名。藍園村と住吉村が合併して成立。合併各村の9大字を継承。町名は両村の頭文字をあわせて命名された。吉野川と旧吉野川に囲まれた地の西部に位置する。板野郡のほぼ中央部にあり,東西7km,南北4.7km,面積16.80km(^2)。町内には正宝(法)寺川,前川・河跡湖沼などがあり,現在は灌漑用水源・排水路として利用され,水門をつくって吉野川や旧吉野川に排水している。平均気温は1月4.6℃・7月26.4℃,平均降水量1月56.1mm・7月138.0mm。昭和30年の世帯数1,913・人口1万544,就業人口は4,814で産業別就業人口は第1次産業3,147・第2次産業753・第3次産業914(昭和33年度藍住町建設計画書)。同32年新町5か年計画の目標を定め町政が行われた。町の中心である奥野字矢上前の現在位置に庁舎を決定,同34年落成。同年新町建設優良市町村の1つとして県下ではじめて,総理大臣の表彰をうけた。同39年徳島市を中心に4市11町村が新産業都市の指定をうけたが当町も該当町村に入り,新しい企業を誘致した。同37年勝瑞字東勝地に長尾鉄工所,同38年奥野字山畑に光洋精工,同39年奥野字和田に京利工業(シミズ精工),同年東中富字直道傍示に沢の鶴食品工場,同40年笠木字西野に光洋シカゴローハイド徳島工場,同41年大塚家具工業を奥野に誘致。昭和38年主要地方道徳島引田線が吉野川を渡る所に,ドイツ式のディビダーク工法によるPC橋が竣工,上板北島線が幅員拡張され,旧吉野川を渡る所に藍園橋が新設された。ほかに藍住大橋・檜橋・川崎橋など大きな橋がある。農業生産面では,同48年の藍住町農業生産の地域指標によれば,勝瑞・馬木・江ノ口東を北部Ⅰ地域としてキク・ナシ,江ノ口西・江ノ口・安任・乙瀬・春日・本村・成瀬・竹瀬・敷地東・敷地西を北部Ⅱ地域としてナシ・レンコン・ホウレンソウ・ニンジン・乳牛,正喜地・笠木・敷地・珍成・畑中・池淵・中村・住吉中筋・宮内・矢上を中央Ⅰ地域としてキク・レンコン・水稲・乳牛,乾・西乾・原・和田・四軒屋・中筋・西中筋・前川・東前川・竜池・東郷・西郷・猪熊・徳命東・徳命西を中央Ⅱ地域としてハクサイ・ニンジン・キュウリ・シロウリ・キク,新居須・名田・小塚・前須・大塚・祖母ケ島を南部地域としてニンジン・ナス・キュウリ・シロウリ・乳牛という区分に従って豊かな地力と温暖多湿な自然条件と阪神経済圏まで数時間という立地条件を生かし発展した。農業粗生産額は昭和45年度16億2,700万円と昭和40年8億7,200万円に比べ,1.86倍に達し全国水準を上回る好結果を得た。農業粗生産額の構成比は同45年で,米麦が40年の35.8%から20%と低下し,野菜が35%から46.5%,畜産部門が17.6%から24.5%とのび,野菜と畜産で当町農業の3分の2を占め,生鮮食糧品の生産地に移行している。交通機関では,国鉄高徳本線勝瑞駅があり役場まで距離は約4km。徳島バスはカジヤ原線・藍住線・不動東中富線・乙瀬線を運行している。現在高速道路の藍住インターチェンジが光洋精工徳島工場正門前約400m南西の方向に計画され,第2名田橋構想も明らかにされた。同55年の世界農林業センサスによれば,農家数1,024うち専業農家236,耕地面積田492.94ha,畑164.65ha。他町村が過疎化傾向のなかで当町のみ人口増加がみられ,同59年の世帯数6,153・人口2万2,285(男1万937・女1万1,348),農地814ha,農家数1,024,宅地333haとなっている。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7194994 |





