臼ケ谷
【うすがたに】

旧国名:阿波
那賀川上流北岸の山間部に位置する。地名については「ウツガタニ」の転訛とする説があり,「ウツ」は空の意で袋状の谷地の地形にちなむともいうが未詳。なお鷲敷(わじき)町に住む沖里石氏の先祖が当地に来て臼を作ったことにちなむとする伝承がある。これは江戸期に那賀川奥地一帯で木地師が稼動しており,地内に小椋姓が1軒現存し,木工の適材欅などが多かったことも関連するものと思われる(上那賀町誌)。地内臼ケ谷の地層は三畳紀のもので,貝類・サンゴ・ウニ・ウミユリ・アンモナイトなど60数種の化石などが独学の橋本陰蔵の力によって採集され,このうち7種類は新発見のもので,東京や京都などの大学に提供された。また文明8年6月15日の仁宇郷公事銭注文に「臼元谷三百文」とある(蛭子神社文書/徴古雑抄3)。仁宇郷は那賀山荘に所属していたと思われるが,この注文は郷内を地域的に「中分」「奥分」「奥名分」その他に区分して,各名(みよう)の公事銭を記載している。当地は,現上那賀町の那賀川以北一帯を地域とする「中分」に含まれているところから,「臼元谷」は「臼ケ谷」の誤記と思われ,当地に比定される。
【臼ケ谷村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【臼ケ谷(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7195279 |





