延命
【えんめい】

旧国名:阿波
吉野川支流鮎喰(あくい)川下流左岸に位置する。久安2年7月11日の河人成俊等問注申詞記(愚昧記仁安二年冬巻裏文書/平遺2583)に,法勝寺末寺となっていた延命院の所司らが,同年2月14日に軍兵80余人を率いて「御庄内」に乱入し,同院の供僧・三昧住僧・下司・住人らを追捕し,家屋を焼失するという乱暴を行った河人成俊らを訴えたことが見える。この法勝寺末寺延命院については他の記録には見えないが,成俊らによって焼失された在家の主が名東荘(徳島市名東町・庄町付近)の寄人であったと記され,その名東荘の故地である同市名東町とは鮎喰川を挟んで隣接する位置関係にある国府町延命の常楽寺が現在盛寿山延命院の山号を称していることから考えて,延命院は常楽寺の旧寺名であった可能性が高いと見られる。常楽寺は八葉複弁の軒丸瓦の出土から奈良期にはすでに創建されていたと見られる古刹である。延命院が常楽寺の旧寺号であったとすると,申詞記の記事から常楽寺が所在する延命の地には平安末期には荘園が成立していたことになる。その荘園名は記録に伝わらないが,延命院が国衙などの経済的援助によって集積した寺領が本末関係を結んだ法勝寺に寄進されて,同寺領となった荘園であったと考えられる。
【延命村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【延命(近代)】 明治22年~昭和41年の大字名。
【延命(近代)】 昭和42年~現在の徳島市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7195345 |





