大谷①
【おおたに】

旧国名:阿波
讃岐山脈東端近くに位置し,大谷川上流域および一部の沖積平野からなる。主峰天ケ円(あまがつぶ)山をはじめとする広大な山間部を擁する。地名は大谷川にちなむ。宇志比古神社裏から旧石器時代の有舌尖頭器を出土し,森崎貝塚などの貝塚も数か所ある。また東林院の穴観音・葛城神社古墳・宇志比古神社境内などの古墳も知られる。条里制遺構らしきものも見られ,古代の官道南海道の石濃(いその)駅は地内の石園港に比定される(鳴門市史)。中世には堀江荘のうちとされている(堀江荘史)。石園港の東南の保崎城跡は馬詰駿河守の居城と伝える。駿河守は馬詰村から移住した人物で,その子三四郎は天正10年に長宗我部元親の兵と戦い中富川原で戦死している(阿波志・古城諸将記)。天ケ円山の山頂上に池があり,その東北方に堂床と呼ばれる広大な平坦地がある。
【大谷村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【大谷(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7195439 |





