鴨島
【かもじま】

旧国名:阿波
吉野川下流右岸平野部,吉野川旧流路の江川右岸に位置する。地名については,文安5年12月22日の別当覚葉旦那職売券に「掃部島」の地名が見え(良蔵院文書/徴古雑抄2),「かもんじま」が「かもじま」に転化したという説が有力である。文亀2年12月13日の僧憲春置文(同前)に鴨島道了入道の名が見え,元亀~天正年間頃には鴨島城があって鴨島六之進が居城とするなど,戦国期には鴨島の地名が定着した。鴨島城は地内本郷の周囲を小川で囲まれた川中島にあった。城郭の広さは東西270m・南北300m(阿波の城)。城主鴨島六之進は所領60貫,天正7年12月に脇城外の合戦で戦死,同城も同10年8月土佐の長宗我部方の兵火で炎上落城したと伝える。
【鴨島村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【鴨島村(近代)】 明治21~41年の麻植郡の自治体名。
【鴨島町(近代)】 明治41年~現在の麻植郡の自治体名。
【鴨島(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7195703 |





