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椿
【つばき】


旧国名:阿波

四国の最東部,橘湾の南に位置し,北は紀伊水道,南は太平洋で,三方を海に面して東の舞子島を小魚に見たてると,大魚がそれを飲み込もうとして口を開いたような地形となっている。北の山脈は標高200mに満たず,南の山脈は標高400mを超え,各々東西にのびており,北側は椿泊東端の燧崎へ続き,南側の東端は蒲生田岬となって紀伊半島に向かって突き出ている。山脈の間に椿川が流れる。地名については,当地に椿の木が多かったことによると伝える。また一説には,「つば」は刀の鍔,「き」は城のことで,「刀の城」の意によるという(椿村史)。舞子島南岸には10個の円墳が確認されている。また橘湾に面した字曲(まがり)の海岸線から40mの地から銅鐸2個が発見されている。当地には製塩・漁業に従事する有力な集団が居住していたと推測される(徳島考古1)。中世末期の当地方は四宮氏一族の支配下にあり,椿塁には四宮肥後守が拠っていた(阿波志)。なお,「吾妻鏡」文治元年2月18日条によれば,讃岐国屋島に集結した平氏を追捕するため,源義経が暴風の中を150余騎を率いて「阿波国椿浦」に上陸し,屋島に向かったとするが,頭注によれば「吉川本吾妻鏡」では「桂浦」につくるとし(国史大系),「平家物語」巻11の勝浦付大坂越および「源平盛衰記」巻41では,義経の上陸した阿波の地を「かつら」「かつ浦」「勝浦」などとしており,前記の「椿浦」は「桂浦」の誤記と考えられる。
椿村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
椿村(近代)】 明治22年~昭和15年の那賀郡の自治体名。
椿町(近代)】 昭和15~30年の那賀郡の自治体名。
椿(近代)】 明治22年~昭和33年の大字名。
椿町(近代)】 昭和33年~現在の阿南市の町名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7196597