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中野島村
【なかのしまむら】


(近代)明治22年~昭和29年の那賀郡の自治体名。那賀川下流南岸の平坦地に位置する。横見・柳島・中原・岡・南島の5か村が合併して成立。旧村名を継承した5大字を編成。役場を柳島字北条に設置。村名は,那賀川,桑野川に挟まれて島状になっていたためつけられたものではないかと思われるが,未詳。明治24年の戸数561・人口3,562(男1,795・女1,767),厩162,寺3,学校2,船71(徴発物件一覧表)。明治22年の洪水は全村に及び,南島・岡・中原は荒地化し,稲の収穫は皆無,流失家屋10軒を数えた。その後も明治25年・大正元年・同3年・同4年・同7年・昭和9年と,那賀川・岡川の氾濫,堤防の決壊などにより,多大な被害を出している。幾多の調査などを経て,昭和13年那賀川南岸工事に着手,同19年ガマン堰止め工事竣工,同30年に護岸工事と南岸用水工事がほぼ完了した。昭和25年のキジア台風の時には,勝浦川沿岸が多くの被害を出したにもかかわらず,当地内の被害は少なかった。世帯数・人口は,大正10年530・3,216(男1,659・女1,557),昭和25年770・4,229(男2,067・女2,162)。昭和22年には総人口の3分の2を農業人口が占め,同27年では農家数の52%を専業農家が占めていた。昭和26年の主要農作物は,水稲6,500石・大麦20石・裸麦369石・小麦328石・甘藷4,800貫・馬鈴薯3,000貫・里芋6,400貫・大豆21貫・ソラマメ(乾燥種実)24石・ダイコン1万7,600貫・煙草2,976kg・ナタネ8石,主要農産加工物は叺8万枚,養蚕は桑園面積8反,養蚕戸数7,収繭高68匁,耕地面積中に占める田の割合は96%(県市町村勢要覧)。昭和26年頃より岡川廃河川敷の開発問題から,大野村・長生村・宝田村・中野島村の合併の動きがあった。同29年富岡町の一部となり,村制時の5大字は同町の大字に継承。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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