日野谷村
【ひのたにそん】

(近代)明治22年~昭和31年の那賀郡の自治体名。那賀川中流の山間部に位置する。朴野(ほおの)・蔭谷・花瀬・日浦・大久保・横石の6か村と横石地内にあった雄(おんどり)村の飛地が合併して成立。朴野・蔭谷・花瀬・日浦・大久保・横石の6大字を編成。役場を朴野の慶光庵内に設置,大正元年字下原に新築移転。明治24年の戸数232・人口1,383(男702・女681),厩12,寺1,学校1,船21(徴発物件一覧表)。地内の日浦・大久保・朴野は那賀川の北岸に,花瀬・蔭谷・横石は那賀川の南岸に位置していたため,村内の交通の便には恵まれなかったが,昭和25年に起工の県営那賀川電源開発事業により,生活は大きく変わった。那賀川の総合開発事業は,那賀川の洪水調節,農業・工業・上水道の用水ならびに水力発電を行うためのもので,このうちの水力発電事業は,ダム・送水路・発電所と相関連する大事業であった。日野谷発電所は,上流の長安口ダムの貯水を利用して発電する県営の水力発電所で,昭和30年発電開始,最大出力6万1,000kw,常時出力1万8,700kw。この発電所の工事に伴う事業として,道路ならびに北岸・南岸をつなぐ橋の完成をみた。人口は,大正10年1,426,昭和26年1,752。昭和31年相生町の一部となり,村制時の6大字は同町の大字に継承。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7197166 |





