本庄
【ほんじょう】

旧国名:阿波
桑野川下流北岸の平地に位置する。当地は南北朝期観応2年正月7日の細川頼春安堵状(安宅文書/徴古雑抄2)に見える「竹原庄内本郷」の後身と考えられ,地名は竹原荘の中心地であったことにちなむ。戦国期の永禄・天正年間には清安芸乗真の支配下におかれ,天正10年長宗我部元親によって滅ぼされた(長生村誌)。現在当地の中央部に清屋敷という字地が残ることなどから,この付近に居城が築かれたものと思われる。なお江戸期の「阿波志」那賀郡郷名の項には「和泉 今廃,本荘村有泉里」とある。
【本庄村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【本庄(近代)】 明治22年~昭和33年の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7197321 |





