和食
【わじき】

旧国名:阿波
鷲敷とも書く。那賀川中流右岸に位置する。仁宇谷の玄関口にあたり,当地域の政治・経済の中心的な役割を果たしている。地名は,地内の蛭子神社が古くは鷲敷社と称したことにちなみ,同社には蛭子の尊が楠の丸木舟に鷲の羽根を敷いて天下って来たとする伝説が残る。なお天長2年6月13日の年紀を有する「舎心山太竜寺縁起」には「鷲敷社」が見えるが(鷲敷町史),成立年などについては検討を要する。
【和食郷(中世)】 南北朝期~室町期に見える郷名。
【和食村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【和食町(近世)】 江戸期~明治22年の町名。
【鷲敷村(近代)】 明治22~40年の那賀郡の自治体名。
【鷲敷町(近代)】 明治40年~現在の那賀郡の自治体名。
【和食(近代)】 ①明治22年~大正4年の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7197702 |





