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天川神社
【あまかわじんじゃ】


仲多度郡琴南(ことなみ)町造田一本杉にある神社。旧郷社。祭神は興台産霊命・天児屋根命・酒部黒麿命。土器川上流左岸で,阿讃山脈(讃岐山脈)のふもとに位置し,前に河川,後には奇巌がそびえる。「三代実録」貞観6年10月15日条で従五位下に,元慶5年11月14日条で従五位上に昇階したと見える天川神(天河神)は当社のことである。また土器川の対岸で1kmほど下流に,瀬織津姫命らを祀る梶洲神社があり,これも「三代実録」貞観6年10月15日条で天川神と並記されている「梶州神」であろう(讃岐国官社考証附録)。当社の北(下流)は小さな盆地になっており,その地を開いた人々が水・雨の神として当社を創祀したのであろう。社伝では,天平2年に興登魂命(興台産霊命)が降臨して鎮座,神櫛王子孫須売保礼命が長尾郷の斎部氏に命じて社殿を造営したとも,武殻王の後裔酒部黒麿が当地を開拓して社殿を造営し,その子孫が黒麿を配祀したともいう。また黒麿について,天平19年黒麿の家の庭に天女が降り,善女と名づけられて良野の大掘に住んでいた。しかし彼女は当社境内の王淵に投身して妙見星神と示現し,天に上ったという。そこでのちに,興登魂命を中心とし左右に妙見星神・酒部黒麿を祀り,天川大明神と称したと伝える。本殿の背後に高さ60mの切り立った岩壁がある。その上部は約10mの岩柱となっており,神の降臨を仰ぐ地にふさわしい。当社は古来より酒造の神としても名高い。寛文8年・天保2年の棟札や社記を所蔵する。明治5年郷社に列した。社叢は,花崗岩の風化土壌の上に約300種の照葉樹・シダ類・苔類が繁茂している。




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「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7197763