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粟井
【あわい】


旧国名:讃岐

柞田(くにた)川と粟井川との合流点付近に位置する。平地は少なく約4分の3は山地である。粟井神社の絵馬堂下やその奥の岩鍋池・目見堂・於神社付近に弥生時代の遺跡が多く発見されている。また,当地の南にある母神山山麓には,三豊地方の盟主的豪族のものと推測される鑵子塚古墳がある。さらに,讃岐の忌部氏が総祖神太玉命を「あわ」から迎え祀った粟井神社の存在などを考え合わせれば,当地付近が古代三豊地方の一中心地であったと考えられる。粟井神社の神事場の正面の山に藤目城跡がある。城主は斎藤下総守で,天正6年,讃岐の将としては初めて人質を土佐に送り,長宗我部元親に従った。これを知った三好存保は鵜足(うた)・那珂・綾の3郡の兵3,000で城を攻略。同年,元親はこの城奪還のため兵5,000を率いて侵攻し,激戦の末陥れ下総守にこの城を返した(三豊郡史)。
粟井村(近世)】 江戸期~明治23年の村名。
粟井村(近代)】 明治23年~昭和30年の自治体名。
粟井町(近代)】 昭和30年~現在の観音寺市の町名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7197785