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九番丁
【くばんちょう】


旧国名:讃岐

(近世~近代)江戸期~昭和45年の町名。江戸期は高松城下の武家屋敷地。高松城の南西,城下の南西部の武家屋敷地のはずれに位置する。絵図によると宝暦年間後期には八番丁に番所が置かれて同町が武家屋敷のはずれになっており,天明7年には九番丁の武家屋敷数が11軒記されている。従って当町は,宝暦年間から天明年間にかけて設置されたと思われる。弘化元年の武家屋敷数19,明治初年20となっている(高松城下武家屋敷住人録)。明治8年の戸数12・人口59(梶山家文書)。同23年からは高松市の町名となる。同32年高松和洋技芸女学校が児島虎三郎によって内町に創立され,のち当町に移った(県案内)。昭和5年宮脇町の一部を当町に編入。世帯数・人口は,同15年29・128(男48・女80),同35年71・219(男98・女121),同40年65・215(男107・女108)。昭和20年7月の高松大空襲で被災した。同26年の事業所数3(従業者数5)・商店数1。一部が同33年宮脇町1丁目・八番町,同43年番町5丁目となり,同45年残余は番町5丁目となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7198414