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西前田
【にしまえだ】


旧国名:讃岐

北東に連なる平尾山・岩滝山・滝本山・茶臼山の峰々から,南は芳尾山(芳岡山),西はほぼ新川の支流の吉田川との地域を二分して,ほぼ西北よりの周辺一帯に立地する。前田の由来は,古くから上質米の産地として知られ,肥沃な米田があることから,前田と呼ばれた(讃岐国神社考)。また戦国期,前田氏がこの地に城をつくり,前田城と名づけその城の名が村名となったともいわれる(高松地名史話)。そのうち北西よりの地域一帯が,西前田と呼ばれる。当地には,神泉山の南麓に讃岐の国造始祖,神櫛王(景行天皇第17皇子)の宮居である館舎跡(押光寺跡),神櫛王の墓といわれる大(王)墓場,それに通じる参道とも滝元権現のお通り道だともいう大通,また,中臣宮処氏の女官どもの住居地といわれる女郎谷,京楽に対し,地方の舞楽の者たちの居住地といわれる田楽などの地名がある(ふるさとの地名)。また古墳には,前方後円の前田茶臼山古墳(現高松市茶臼山古墳,全長75m)があり,画文帯神獣鏡1・鍬形石2・鉄剣5・鉄刀1・土師器壺・硬玉製管玉・ガラス製小玉などが出土(高松市茶臼山古墳緊急発掘調査概報)。その他の古墳の大部分は,乱掘,破壊されており,現在,名前および外形を残すものは10墓ほどになっている(ふるさとの今昔)。なお当地には,十河城主十河景滋の分家で,前田頼母頭宗存ら一族の前田城跡(城山)があり,小規模ながら,本丸・二の丸と外周に濠跡をもち,典型的な中世平山城の遺構をとどめており,近くに東門・櫓などの地名もある。
西前田村(近世)】 江戸中期~明治23年の村名。
西前田(近代)】 明治23年~昭和31年の前田村の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7199376