足摺
【あしずり】

旧国名:土佐
古くは蹉跎と称した。四国最南端の足摺半島の突端部に位置する。地名については,「問はず語り」に小法師が補陀落渡海したため,師の法師が非常に悲しみ,岬で足摺りをしたとする伝承があるが,これは「地蔵菩薩霊験記」に伝える長保3年の賀登上人の弟子栄西が補陀落渡海する話を承けたものと思われる。また蹉跎の古称は,「蹉跎山縁起」によれば,往古金峯上人が住持の時,災いをなす天魔を祈伏したところ,天魔が悲嘆し,蹉跎(あしずり)したためにこの名が起こったと伝える(土佐清水市史)。足摺岬は四国最南端の岬で,花崗岩の断崖は黒潮が岸近くを流れる海食の厳しさと風浪の激しさを示している。この岬に四国修行の途中に訪れた空海が観音示現の聖地として都に伝え,嵯峨天皇により勅願寺金剛福寺が建立されたという開創伝承があり,南海の聖地,修験の霊場として知られた。
【足摺(中世)】 鎌倉期から見える地名。
【足摺之村(中世)】 織豊期に見える村名。
【足摺村(近世)】 江戸期の村名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7203795 |





