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興津八幡宮
【おきつはちまんぐう】


高岡郡窪川町興津にある神社。旧郷社。祭神は応神天皇・神功皇后・武内宿禰・田心姫神・湍津姫神・市杵島姫神。社伝によれば元慶2年の勧請という。中村(現中村市)の一条氏の崇敬篤く,一条房家が小室の浜に立ち寄ったこともあるといい,房家は鏡30面・刀2振・社領1町8反などを寄進し,大祭には中村から的馬3頭・神役150人が遣わされたと伝える(南路志)。天正16年の仁井田郷地検帳には社領1町2反余が見える。宝永4年の大津波で社地が流失したため,小室の浜を望む現在地に移り,同6年再建された。与津村・与津浦の総鎮守。別当寺ははじめ真言宗の高祖山善観寺であったが,天正年間より禅宗の要津山円蔵寺にかわった。しかし明治4年に廃寺。10月15日の大祭行事は興津八幡宮の古式神事として県無形民俗文化財に指定されている。頭屋は郷分から選ばれ,ウエマ・シタマの2区から交互に出る。祭典後の御神幸の特色として流鏑馬・八幡丸(宮舟ともいう)・花取踊りがある。八幡丸は神功皇后の新羅出兵にちなむとされ,満潮時に浦分を出て,引き潮時に宮から帰るといわれた。舟は長さ約7mで浦分の数十人で担ぐ。神幸中に舳のさがりで郷分の青年が担ぐ神輿の頂にある孔雀を落とせば大漁になると伝え,宮舟は神輿を追いまわす。花取踊りは境内・御旅所・円蔵寺口・頭屋などで演じられ,踊り手は郷分の少年である。流鏑馬は寺籠りが騎乗して射たが,近年農家で馬が飼育されなくなりこの神事は行われていない。このほか花台などもあって終日にぎわう。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7204614