瀬切
【せぎり】

旧国名:土佐
安田川の中流域に位置し,同川の東西は400~500mの山に囲まれる。昔,平家の残党が船倉から移住し,開拓したと伝える(新安田文化史)。地名は「南路志」によれば,弘法大師の故事にちなむと伝える。大師は大同年間金剛頂寺を建立するため諸材木を安田川に流して運ぼうとした。ところが鬼神が鳴動して障碍となったので,大師は神変加持の応用をもって山川の魔障を退治しようとした。のち大師は不動尊を彫刻し,開眼持念のため河水に浮かべたところ,不動像が河上へ逆流してしまったので,当地でつなぎ留め瀬切と名付けたという。古くは船倉と一村で大川部と呼ばれ,現在も大川という。
【瀬切村(中世)】 織豊期に見える村名。
【瀬切村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【瀬切(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7206373 |





