馬見
【うまみ】

旧国名:筑前
馬見山の北麓に位置する。すそ野台地と谷間に集落があり,谷筋によって東馬見と西馬見に分かれる。地名の由来は,瓊々杵尊が日向国高千穂峰から足白の馬で馬見山に天降った時,供奉した天物部25部のうち馬見物部が住んだからとも(嘉穂郡誌),また,鹿毛馬村(現頴田(かいた)町)で神武天皇が乗馬しようとした馬が荒れてこの山中に入るのを見送ったことによるともいう(地理全誌)。北部の丘陵地先端部には,弥生時代~古墳時代の足白遺跡群がある。源為朝の支配地であったとの伝承があり,馬見神社はそのゆかりの社といわれる。馬見城は,天正年間頃大友宗麟の出城で,毛利鎮実を置いて秋月種実に対した。
【馬見郷(古代)】 平安期に見える郷名。
【馬見(中世)】 南北朝期から見える地名。
【馬見村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【馬見(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7209487 |





