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鍛冶屋町
【かじやまち】


旧国名:筑後

(近世~近代)江戸期~現在の町名。江戸期は柳川城下の1町。外城(郭)内の北部,矢部川水系沖端川が西流する左岸に位置する。町名は,藩主立花宗茂が刀剣鍛冶下坂兼光を天叟寺前に居住させ,そこに鍛冶職を集めていたことに由来する。中村・檀姓の子孫が現在も居住している。「柳河明証図会」に,「橋の南をかぢ屋町といふ。中程西へ道あり,鬼童口といふ,南北の通り」とある。慶長7年8月藩主田中吉政の三河国時代からの菩提寺浄土宗三川山光樹寺を建立(柳河年表/県史資料5)。享保年間の絵図に当町の長さ109間1尺7寸5歩,道幅3間1寸とある。明治11年の耕宅地9反,戸数55・人口232(県史資料2)。同22年柳河町,昭和26年柳川町,同27年からは柳川市に所属。同35年の世帯数53・人口258。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7210030