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光勝寺村
【こうしょうじむら】


旧国名:筑後

(近世)江戸期~明治9年の村名。筑後国御井郡のうち。高良台丘陵の西北部,広川支流の上津荒木川と藤田浦川との間に位置する。地名は,聖武天皇の勅願寺で行基の開山と伝える光勝寺の古い建立地にちなむ(寺号復古記念碑文)。はじめ柳川藩領(田中氏),元和6年からは久留米藩領。安居野組に属す。村高は,「元禄国絵図」211石余,「在方諸覚書」の古高310石余,「天保郷帳」296石余,「旧高旧領」509石余。文化4年には,田35町6反余・畑田3町7反余・畑13町6反余・居屋敷7反余。用水は小河川と溜池による。鎮守は王子宮。元禄15年藩主有馬頼元が祈願寺として霊松山東林寺を建立,寺領300石を寄進,寺境内に鎮守社八幡宮を祭祀,寺僧数十人,寺侍数人を配し,「東林寺のとうとう念仏十遍申しや,仏になーる」と子供が唱和して遊んだほどの巨刹だったが,明治2年廃寺となった(郷土研究筑後)。明治9年藤光村の一部となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7211032