重末名
【しげすえみょう】
旧国名:筑後
(中世)南北朝期~戦国期に見える名(みよう)の名。筑後国三潴(みずま)郡三潴荘のうち。貞和3年9月23日の高良宮祭料神役村々注文写(御船文書/南北朝遺2372)に「重末名〈祭頭 大善寺檀供一枚〉」と重末名の負担した仏神事役が見える。天正15年7月の大善寺寺領注文(歴世古文書/三潴荘史料)によると同寺の屋敷1所が重末にあった。明治15年字小名調(県史資料8)によると当時の黒田村(久留米市大善寺町黒田)の字に重末があり,その地に比定される。
| KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7211493 |