下田
【しもだ】

旧国名:筑後
筑後川下流右岸の平地に位置する。寛正3年豊後大友氏家臣堤貞正入道妙光は下田村近郷7邑を領して館をこの地に構えた。堤氏は永禄3年城を村中の久里に築き,その後大友氏と対立,同7年大友義鎮は下田城を攻撃。この時,村南に筑後川新川を掘り要害としたが,下田城は落城したという(筑後国史)。この時の新川がのちに本流となった(筑後地鑑)。文明6年堤妙光は天満宮を勧請し,妙光の子堤常清は長享元年彦山大権現を勧請した(社方開基)。
【下田村(中世)】 南北朝期~戦国期に見える村名。
【下田村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【下田(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7211655 |





