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新川端町下
【しんかわばたまちしも】


旧国名:筑前

(近世)江戸期~明治7年の町名。江戸期は博多の1町。那珂川下流右岸に位置する。須崎流のうち。宝暦年間の家数33,間数127間余(石城志)。地内に鏡天神社があり,元禄年間頃金寿院(北坊)の社僧が兵火のため焦土となった社を再建したものという(続風土記付録)。袖の湊の名残の大水道が鏡天神と川端町の間から流れていた。鏡天神の横に冷泉橋(湊橋)があった(博多津要録)。江戸中期には酢屋,皿屋,赤間屋,油屋,松浦屋などが記録に見える。なかでも松浦屋伊右衛門(原田安信)は,37年間にわたり博多年行司を勤め,「博多津要録」全28巻(櫛田神社蔵)を残した。伊右衛門は福岡名島町の笠家の出身で,実兄笠文右衛門も38年間福岡の月行司を勤め,兄弟ともに福博の町政に尽した。幕末期にも大小の商人達が軒をつらね,慶応2年の博多店運上帳によれば,銀1,502匁と運上額も高く,八尋伊三郎,紅屋,久松屋,白土屋,福本儀七,酒蔵の升屋があった。明治7年下新川端町と改称。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7211951