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成光村
【なるみつむら】


旧国名:豊前

(近世)江戸期~明治20年の村名。豊前国田川郡のうち。遠賀(おんが)川支流の彦山川中流右岸に位置する。小倉藩領。添田手永に属す。中世には英彦山領であったという(英彦山文書/県史資料8)。村高は,「正保国絵図」210石余,「元禄国絵図」208石余,「天保郷帳」326石余,「旧高旧領」347石余。元和8年の家数32・人数82(男42・女40),牛6・馬5(人畜改帳)。延享4年の人畜改帳では家数31・人数108。明治初期の戸数55・人口227,うち男130・女97(豊前村誌)。享保飢饉の餓死者は46人(開善寺過去帳)。延享4年の銀小物成帳では石間歩1か所が記され,石炭の採掘が行われていた(添田手永大庄屋中村家文書)。また林業が盛んで,東部山地に良質の檜・杉を産し,赤杢の杉は成光杉として名声を博した。明治初期の物産は櫨2,000斤・石炭30万斤で,石炭鉱は明治7年の開坑という(豊前村誌)。明治11年成光小学校設立。同15年上今任小学校と合併し柿原に移る。寺社は,元和元年僧休意の開基という真宗大谷派の白石山柔寺,鎮守は大行事社。大行事社は中世には彦山守護神であったが,江戸期は農耕神となり,明治初年高木神社と改称。明治20年大行事村の一部となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7213452