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西鉄福岡市内線
【にしてつふくおかしないせん】


西日本鉄道が経営した福岡市内の路面電車線。明治42年,福沢桃介・松永安左衛門などを中心に設立された福博電気軌道が開業した医科大学前~西公園間,および呉服町~博多駅間が始まり。明治43年3月9日,九州沖縄8県連合共進会(博覧会)開場2日前,わずか5か月の突貫工事で開通。神戸以西最初の市内電車であった。翌44年3月に箱崎~今川橋間が全通し,同年12月に複線工事が完成。一方,明治43年3月地元資本を中心に設立された博多電気軌道が,同年10月に今川橋~前原間の軌道(明治43年全通,大正11年7月今川橋~姪浜間電車化)を敷設していた北筑軌道を合併し,翌44年10月に博多駅前から渡辺通1丁目・天神町を経由して下鰯町取引所前(博多区須崎町)までの営業を開始,翌月千代町まで延長し,同45年1月に吉塚駅前~千代町も開通した。また大正3年4月に博多駅前~千代町間が通じ循環線が完成し,昭和2年3月には城南線も開通した。両社は同9年10月に合併して福博電車となり,さらに同17年9月,九州電気軌道など4社と合併して西日本鉄道を形成。長い間市民に親しまれ重要な役割を果たしてきたが,同30年代後半,自動車の普及,バス路線の整備,路面交通の渋滞などが重なって乗客が減少,赤字経営になり始めた。同39年12月,博多駅の移転を機に,住吉―管絃町―博多駅前(祇園町)1.24kmが廃止されたのを皮切りに,同48年1月千代町~吉塚駅前1.2km,同50年11月地下鉄の着工を機に貫線(姪浜~九大前,11.9km)・城南線(西新~渡辺通1丁目,5km)・呉服町線(呉服町~祇園町,0.8km),次いで同54年2月に循環線7kmと貝塚線3.3kmが廃止され,完全に姿を消した。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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