波多江
【はたえ】

旧国名:筑前
古くは波多部と書き,天長3年8月14日波多江と改めたという(続風土記)。瑞梅寺川中流域および雷山川下流域に位置する。もとは怡土(いと)郡の内であったが,寛平8年志摩郡の内となったともいう(続風土記)。地内築地にある波多江丹波守館跡は鎌倉期の環濠住居址である。波多江氏は大蔵氏の子孫原田氏を祖とする当地一帯の豪族であり,正治2年原田種実の三男種貞が当地に住みつき波多江氏を称したのが初めである(同前)。ほかに大蔵種彦墓・波多江助三墓などがある。浄土真宗本願寺派徳応寺は天正15年原田種貞24代の孫種利の舎弟波多江四郎種安が出家し円照と号して開基したもの。浄土宗西山派西方寺は波多江丹後守種賢の子直千代が出家し桂空と号し,文禄2年に建立したという(続風土記拾遺)。
【波多江(中世)】 戦国期に見える地名。
【波多江村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【波多江村(近代)】 明治22年~昭和6年の自治体名。
【波多江(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7213815 |





