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幡保
【はたほ】


旧国名:筑後

筑後平野南西部に位置する。周囲一帯は平均標高3m以下の矢部川下流の沖積層よりなる。東部の三丸~坂井にかけては,条里遺跡と推定される土地割や坪名が残っている(大川市誌)。南北朝期の貞和3年9月23日付高良宮祭料神役村々注文写(御船文書/南北朝遺2372)に上幡帆村・下幡帆村とあり,年月日未詳であるが,貞和年間と推定される三潴荘内所領坪付注文(詫摩文書/同前2662)にも上幡帆・下幡帆の地名が見える。南北朝期の上幡帆・下幡帆が合併して幡穂村になったものであろう。江戸期の幡保村に比定される。なお,永仁5年10月22日の荒木宗心大間帳案(近藤文書/鎌遺19488)に宗心の亡母妙性が西牟田弥次郎に売却した「はたほのまゑ三たん」を永仁の徳政令によって取り返したので嫡男むねすミに譲るとある。この「はたほ」はあるいは幡穂村のことであろうか。
幡保村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
幡保(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7213831