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四阿屋神社
【あずまやじんじゃ】


鳥栖(とす)市牛原(うしはら)町字四阿屋にある神社。旧郷社。祭神は日本武(やまとたける)尊。住吉大明神・春日大明神・大山祇命・豊受大神を併祀。創建は,縁起によれば天智天皇元年。尾張国熱田神宮の分霊を奉斎して東屋明神と称したと伝えられる。延暦10年住吉大明神と春日大明神とを併祀(県神社誌要)。「類聚符宣抄」延喜21年2月27日付「奉授神記事」に「正六位上東屋明神 大神明神〈並坐肥前国〉 並今奉授従五位下〈歟破失〉 延喜廿年十一月 日下」とあり,正六位上から従五位下となっている。神領としては,正応5年8月16日付河上宮造営用途支配惣田数注文に「東屋三丁三反」とみえる(河上神社文書/佐史集成1)。当社には牛ノ原別当と呼ばれる社僧がおり,往時には神職社僧780余人と伝えられ,勢力を誇ったが,天文年間,豊後の大友義鎮の来攻によって社殿が焼失,神職社僧も離散し,社領も没収された(県災異誌)。その後,筑紫広門が再興をはかったが,島津義久の侵攻によって再度焼失,御神体を残してすべてを失った(同前)。文禄元年以降,対馬の宗氏が当地を支配し,社殿を改築して当社を養父(やぶ)郷の宗廟とした。明暦3年藩主宗義成が大檀那として社殿を再建,社号を東屋神社から四阿屋神社に改めた。現在の社容は宝暦10年以降のものとされる。近世には養父郡の総社であった。明治14年村社から郷社に昇格。この時,大山祇命・豊受大神を合祀。かつて当社の神事であり,現在は老松神社で行われている御田舞(県指定無形民俗文化財)は,県内では神埼町の仁比山神社,佐賀市北川副(きたかわそえ)町の日枝神社,武雄(たけお)市下西山の山王社の御田舞とともに貴重な田遊び神事となっている。長(おさ)1人,座奉行2人のほかは申立(いいたち),種蒔・代踏・田童・田打ち・手鋤などの約20人の役者はすべて青年と少年である。このことから,この神事は豊穣祈願の田褒め神事でありながら,農耕諸作を伝習する童(わらべ)御田舞という性格をも持っているとされる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7215843