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伊万里下町
【いまりしもまち】


旧国名:肥前

(近世)江戸期の町名。伊万里町のうち。伊万里川下流域に位置する。「宝暦郷村帳」「天明郷村帳」に町名が見える。江戸中期に上下町・中下町・下町に分かれ,下町は本下町とも呼ばれた。江戸後期~明治初年には33~35軒の陶器商がおり,中下町・本下町には全戸の約3分の1が集中していた。戸渡島社は木須村から移され,大正15年相生橋改築の際に再び上土井町に移建されるまで下町にあった。戸渡島社の祭礼は毎年旧9月15日に行われ,化政期~天保期には伊万里町あげての行事となり,きわめて豪華であった(戸渡嶋社祭祀行事略記/前川家文書)。同社は,藩主の江戸参勤に際し船中安全を祈祷して「御札浪鎮之御幣」を献上している。また「御用陶器積登之時々御札守等差出」「諸国入津之船乗など御守札等申乞」の諸札が示すように陶商たちの崇敬が篤く,数々の寄進がなされ,その一部は保存されている。明治4年の戸数は上下町40・中下町36・下町49(重松家文書)。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7216038