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牛原
【うしはら】


旧国名:肥前

背振山地東端,九千部(くせんぶ)山東南麓に位置する。勝尾城跡は別名城山(じようやま)ともいい,九千部山の東の城山の山頂にある。四方を岩崖に囲まれた自然の要害で,山頂の平坦地南部には物見,北部には倉床の地名を残す。「萩藩閥閲録」には「城山御陣」と見える。「九州治乱記」によれば応永30年九州探題渋川義俊により築城され,その後少弐氏・筑紫氏の居城となった。元亀3年には城主筑紫広門が竜造寺隆信に攻められ降伏,天正14年広門は大友氏へついたことから島津家久に攻められ落城,以後廃城となった。なお,南麓には「お館」という城主筑紫氏の居館跡,その東方には鎮守社勝尾権現社跡・菩提寺全休寺跡・家老邸跡,北麓には敵味方の供養場跡がある。四阿屋神社裏側の陶巧山一帯は皿山といわれ,対馬藩営の窯跡地。「万松院文書」によると,明和7年,有田の町人某が田代代官所の許可を得たが操業には至らず,文政9年に代官所によって直営の窯が仕立てられたが,天保2年には多大の借材を残して廃棄された。
牛原村(中世)】 南北朝期~戦国期に見える村名。
牛原村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
牛原(近代)】 明治22年~昭和34年の大字名。
牛原町(近代)】 昭和34年~現在の鳥栖市の町名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7216093