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小鹿南里村
【おしかなんりむら】


旧国名:肥前

(近世)江戸期の村名。神埼(かんざき)郡のうち。小鹿村ともいう。筑後川の支流城原(じようばる)川下流部の平坦地に位置する。蓮池(はすのいけ)藩領。崎村郷に属す。「肥前国風土記」に見える蒲田郷に当たると推定される蒲田津に近く,南は黒津村,西は用作村に接する。村高は「正保国絵図」「天明村々目録」225石余,「天保郷帳」238石余。「旧高旧領」には見えない。「大小配分石高帳」では小鹿村として蓮池藩領地米高163石余とあり,幕末にはたんに小鹿村と呼ばれるようになったと考えられる。天明7年蓮池藩の火災における参候所および警衛部署となり,役丁10人が城内浄国寺の警衛消防に当たっている。嘉永5年村内の百姓伊兵衛は貢米を故意に粗悪とした罪により,蓮池藩主鍋島直紀より耕地家宅財産を没収されている(蓮池日史略)。慶応3年~明治3年の土地保有状況は自作農家19戸のうち12戸は1町歩未満であった。「明治7年取調帳」では柴尾村の枝村として「小鹿村」と見え,「郷村区別帳」では古賀村の枝村として「小鹿村」とある。「明治11年戸口帳」によれば古賀村のうちに「小鹿村」と見え,戸数23・人口128。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7216350