神集島
【かしわじま】

旧国名:肥前
柏嶋・柏島とも書く。東松浦半島西の相賀岬北方の海上に浮かぶ面積約1.42km(^2),周囲約8kmの島。地質は第三紀層の砂岩の基盤上に玄武岩が噴出してできた溶岩台地であり,その形状から軍艦島とも呼ばれている。北西部に湾があり,集落も湾口に発達している。集落は,西元・清水・前田・中村・高崎・岩本の6組に分かれ,地縁的結合の単位となっている。島の地名には,神功皇后の朝鮮出兵にちなんだものが多く,地名の由来も「東松浦郡史」によれば,住吉神社の項に「本殿は,神功皇后三韓征伐の時数の間滞留あらせられ,諸神を神集めし給ひ,干珠・満珠の二宝を納められし神社なりと云ふ。この故をもって神集島と名づく」とされている。島内には,旧石器~古墳時代にかけての遺跡や遺物の散布地が多い。神集島中学校東側にある段丘を利用してつくられた学校東1号墳からは,古墳前期の箱式石棺が出土,学校東2号墳は,竪穴式で,鉄刀・鉄鏃・短甲等などが出土。島の中央頂上部にある鬼塚古墳群のうち,1号墳は古墳後期の巨岩墳の系統をひくもので,早くからその存在が知られ,一時期ドルメンと誤認されていた。昭和47年の発掘で耳輪5・丸玉(ガラス製)3・勾玉1・小玉約70・鉄刀1・刀子2・鉄槍1をはじめ土師器・須恵器などが出土。
【柏嶋(古代)】 平安期に見える地名。
【神集島(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【神集島(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7216441 |





