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獅子ケ城
【ししがじょう】


東松浦郡厳木(きゆうらぎ)町大字岩屋字白山にあった城。相知(おうち)・厳木町境に近い白山山頂(196m)に設けられた山城。標高180m付近から山頂にかけて四周が急崖をなし天然の要塞となっている。一名を鹿家城とも記す。松浦党の一族源披が治承年間築城したという。有明海と玄界灘の分水界に近い位置にあり,上松浦松浦党の東南域防衛のために設けられたと思われる。披の子持(たもつ)(平戸城主松浦肥前守の始祖)は平戸に移り廃城となったが,天文年間頃に日在城主鶴田直の弟を城主にした。このように300余年後に城を再興したのは大友氏・竜造寺氏・後藤氏などの勢力の接点にあったためと思われる。天文13年竜造寺氏は獅子ケ城を攻撃して失敗し,翌年には占領したが,5日間で奪還された。永禄年間には波多氏の内紛で鶴田氏との間に争いが絶えず,この間波多氏がしばしば獅子ケ城を攻めたが落城には至らなかった。天正5年竜造寺隆信の援助で波多三河守親(隆信の女婿)は上松浦松浦党の首領となったため,鶴田賢は波多氏に服したが,文禄2年波多氏の没落によって武雄後藤氏の家臣となり,城は廃城となった。遺構としては本丸跡に石垣が残る。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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