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下六丁牟田村
【しもろくちょうむたむら】


旧国名:肥前

(近世)江戸期の村名。神埼(かんざき)郡のうち。城原(じようばる)川右岸の平野部に位置する。佐賀本藩領。尾崎(おさき)郷に属す。「宝暦郷村帳」「天明郷村帳」とも1村として見える。給人・地米高は「玄梁院様配分帳」では百武七郎右衛門100石・諸岡彦右衛門4石余,「大小配分石高帳」では中野杢之助75石・高木権太夫50石・大塚源吾20石・秀島清治17石余ほか4名の知行地。天明3年以前の郷村帳に上六丁牟田村・下六丁牟田村の村名が見えるが,「天明村々目録」「天保郷帳」では六町牟田村とある。神社に大宰少弐高経の霊を祀る若宮社がある(神埼郡郷土誌)。「明治7年取調帳」「郷村区別帳」ともに横武村の枝村として見える。「明治11年戸口帳」には横武村のうちに「下六丁村」と見え,戸数46・人口220。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7217228