新堀村
【しんぼりむら】
旧国名:肥前
(近世)江戸期の村名。杵島(きしま)郡のうち。高橋川と武雄(たけお)川が六角川に合流する地点に位置する。村名の由来は六角川から取水して船の運行を助長するため高橋川の川幅を広げ,浚渫したことによるという。佐賀本藩領。武雄郷に属す。「宝暦郷村帳」「天明郷村帳」ともに1村として見える。国絵図や「天明村々目録」「天保郷帳」「旧高旧領」には村名が見えず,村高は不明。高橋村に市の立つ時はこの村の高橋川は船で埋まったといわれる。「明治7年取調帳」では甘久村の枝村に新堀津として見え,「郷村区別帳」では富岡村の枝村に新堀津として見える。「明治11年戸口帳」によれば甘久村のうちに「新堀津」と見え,戸数48・人口286。
| KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7217344 |