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舎人村
【とねりむら】


旧国名:肥前

(近世)江戸期の村名。小城(おぎ)郡のうち。舎人ケ里村ともいう。牛津(うしづ)川と堺川(福所江)に挟まれた平坦地に位置する。小城藩領。平吉郷に属する。南北朝期に成立した集落と推定されているが(芦刈町史),地名はすでに古代条里の里名に見えている(宇佐大鏡/大分県史料24)。不整型の江湖堀が分布する疎集型の農村。「正保国絵図」「天明村々目録」では村高312石余,「天保郷帳」では328石余。「旧高旧領」には見えない。文化8年の小城郡平吉郷図によると,典型的環濠集落を形成,北部に浄光寺・己身寺,東南部に沖神社,西部に牛津の定原から南下してくる里道がある。西側の浜中ケ里(はまじゆうがり)村との中間部には定原ケ里村の飛地がある。同11年の小城郡里郷之図では勝屋・木嶋溝両井樋筋掛の村で,67町余・513石余を付記する。天保6年の小城郡里四郷絵図では戸数36・人口184。「明治7年取調帳」では中溝村の枝村,「郷村区別帳」では東道免村の枝村として見える。「明治11年戸口帳」では芦溝村のうちに「舎人村」と見え,戸数7・人口30。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7217822