中津隈
【なかつくま】

旧国名:肥前
佐賀平野北東部,寒水(しようず)川西岸に位置する。標高20~30mの洪積層半独立低丘陵地帯と南に広がる沖積層の平野部からなる。地内には三浦・島崎・荒巻など海や津にかかわる地名が多い。また,四の坪・五反田・六反田・八反田・三十六など条里制の遺称も残る。遺跡には,弥生時代から古墳時代にかけての住居跡・甕棺墓が発見された宝満谷遺跡や宝満宮前方後円墳がある。また,中世の犬塚氏の居城であった中津隈城跡があり,居館跡には二重の堀が残り,館(たち)・館堀などの地名も残る。板部には板部氏の居城であった板部城跡がある。
【中津隈荘(中世)】 鎌倉期~南北朝期に見える荘園名。
【中津隈村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【中津隈(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7217905 |





