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平昌津村
【ひらしょうづむら】


旧国名:肥前

(近世)江戸期の村名。松浦郡のうち。平菖津村とも書く。東松浦半島上場台地のほぼ中央の丘陵地に位置する。はじめ唐津(からつ)藩領,慶安元年幕府領,同2年からは唐津藩領。馬部(まのはまり)組に属す。元和検地時は山原作右衛門の知行地があった(東松浦郡史)。「慶長国絵図」には村名が見えない。村高は,元和検地高38石余(唐津市史),「正保国絵図」では19石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ではともに38石余。文化年間頃の田畑高38石余(古高19石余),畝数2町余,年貢率は4割7分4厘,家数・人数0,氏神大明神の祭礼は9月29日(松浦拾風土記)。明和年間の記録に「家数無シ」と書かれており,疫病のため無人となったが村高のみ残されたと伝えられる。地内に十二神社がある。「明治7年取調帳」では野中村の枝村として見え,「郷村区別帳」では馬部村の枝村として見える。「明治11年戸口帳」によれば無戸。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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