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鹿路
【ろくろ】


旧国名:肥前

六呂・轆轤・路鹿呂とも書いた。三継山の南,名尾川支流蓬原川・村川沿いの山間部に位置する。地名は鹿が多くすみ,路に蹄の跡を残したことによるとも,後鳥羽上皇が「絹巻の里(鳥羽院)」へ向かう際,荊茂り藪が深く困難な道に「この路は鹿の通る路にてやあらむ」といったことによるともいう(脊振村誌)。室町期には在地土豪鹿路氏が領有し,鹿路氏は神埼七人衆の1人で少弐方についていた。山内はやがて神代氏に統一される。鹿路神社は,天長3年の創建と伝えられるが,天文5年神代勝利によって再建されている。慶長10年頃と推定される鍋島信昌〈直茂〉所領目録に「山内惣灵(領)職之分」として「一,六呂山」「一,轆轤山」と見える。また,直茂の妻陽泰院の隠居料として「一,六呂之内上下門一ツ」とある。この地が奥山内(三瀬村)から佐賀・神埼に出る交通の要所にあたり,「上下門」とはこの道に設けられた関所のことと考えられる(杠家文書/佐史集成17)。
鹿路村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
鹿路(近代)】 明治22年~現在の脊振村の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7219157