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稲佐橋
【いなさばし】


浦上川の河口から約700m上流に架かる橋。長崎市の中心街と対岸の三菱重工長崎造船所などの工業地帯を結ぶ交通の要衝。橋長70m,幅員22m。両側に一段高い歩道があり,50t重量車も通行可能。T字形のコンクリート橋。昭和36年12月着工,同38年2月完成。工費1億950万円。国道206号から宝町交差点で分岐して,浦上川右岸に通じる。左岸の国道側の幸町と稲佐山のふもとにあたる稲佐町・光町を結ぶ。河口の旭大橋が完成するまでは,国道202号が通過した。現在の稲佐橋は3代目にあたり,初代の橋は明治39年1月に架設された。石柱木造の橋長41間余,幅員3間で,当時,長崎市内最長の橋であった。当時は,市街地と対岸の往来は上流の梁橋に迂回するか,渡船によるほかはなかったが,稲佐方面の発展により架橋が実現した。2代目は,アーチ型の鉄橋で昭和元年7月,老朽化した木橋に代わって架け替えられた。橋長70m,幅員12mで,現在の橋より幅員が10m狭かった。この位置は,交通の要衝にあたり,交通渋滞が激しく,また車両の大型化や重量化も相まって現在の橋に架け替えられた。しかし,国道206号に出る稲佐通りは国鉄長崎本線と交差するため,しばしば交通が遮断された。そのため立体交差化が図られ,昭和40年3月に完成し,車の流れは一時的には円滑化した。しかし,その後の交通量の増加に伴い,宝町交差点から長崎駅前間は昭和55年調査では1日の交通量9万4,600台,稲佐橋で2万4,000台にのぼり,激しい交通渋滞が続いた。そのため浦上川の河口に新たな橋の建設が必要となり,昭和57年1月に旭大橋が完成した。これによって,稲佐橋の交通量は大幅に緩和された。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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