100辞書・辞典一括検索

JLogos

63

永昌東町
【えいしょうひがしまち】


(近代)昭和26年~現在の諫早(いさはや)市の町名。もとは諫早市永昌名・宇都名の各一部。昭和32年7月25日の諫早水害の被害は甚大で,死亡者数102・罹災世帯数321・流失戸数6・全壊戸数7・半壊戸数195であった。その後護岸道路の建設,川幅の拡張,堤防の補強,排水施設整備などの水害復興工事によって町の様相は一変した。同45年諫早市内を主会場とする長崎国体を契機として諫早駅前の島原鉄道バス・県営バスのターミナルが改築され,またバス路線が充実し,運転回数が増加して,市内はもちろん大村市・西彼杵(にしそのぎ)郡・北高来(きたたかき)郡・南高来郡・長崎市との交通が便利となった。また県総合庁舎などの公共機関や健康保険諫早病院の拡張整備,各種病院・ホテルの高層化,高層マンションの新築などが行われた。隣接地域の住宅の増加と昭和44年度から始まった西諫早ニュータウンの建設により,商業を始めとする第3次産業の発展は目ざましく,諫早市の中心としての性格を強めている。昭和49年永昌名・栄田名の各一部,同55年宇都名の一部,同57年永昌名の一部を編入。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7219729