大島
【おおしま】

旧国名:肥前
壱岐(いき)水道の西方,平戸島の北方に浮かぶ的山(あずち)大島にあり,玄武岩からなる台地状の地に立地する。標高216mの平の辻をはじめ,江古の辻・魚見岳・城山などがある。元来この島はたんに大島と称していたものであろうが,数多くの大島と区別するために島の西部の地名である的山を冠して的山大島と呼ぶようになったと考えられる。地内の各所から黒曜石などの石器片や土器片が採集されている。魚見岳のふもとには岳の下古墳(既発掘)・ゴジロウ山遺跡・木原遺跡(既発掘),やや離れた所に鬼塚古墳が不完全ながら残されている。また,島の中央部には古代祭祀遺跡(岩境)である山の神遺跡がある。「肥前国風土記」にある「大家島」は当地という説がある(肥前風土記新考・県の歴史)。前平には「千人塚」と称する石積みの墳墓が2基現存しており,蒙古合戦(元寇)における戦死者の遺骸を合葬したものといわれている(平戸之光20)。元寇以後,当地の大島氏は城山に築城を試み幅8間の道路工事に着手したらしいが,完成に至らなかったという。
【大島(中世)】 鎌倉期から見える地名。
【大島村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【大島村(近代)】 明治22年~現在の北松浦郡の自治体名。
【大島(近代)】 明治22年~昭和48年の大島村の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7219853 |





