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亀尾城
【かめのおじょう】


鎌倉期(推定)~江戸期の城郭名。亀丘城とも書く。平山城。城跡は壱岐(いき)郡郷ノ浦町本村触に所在。郷ノ浦港を見下ろす丘陵の突端に築かれている。永仁元年肥前上松浦の岸岳城主波多宗無が築城したと伝える。当時,波多氏は壱岐に領土的野心をもち,前進基地として築城したものであろう。波多氏が壱岐全島を支配したのは文明4年で,波多泰は壱岐を分割知行していた松浦党の5氏を退けて領有,亀尾城に拠り統治した。永禄7年岸岳城内で内紛が起こり,家臣日高甲斐守の謀反に発展する。岸岳城を追われた日高氏は,壱岐に逃れ,亀尾城を奪取し全島を支配する。日高氏は波多氏と対抗するため,平戸の松浦隆信と誼を結んでいたが,元亀2年松浦氏に所属する。かくて壱岐は,平戸松浦氏の領地となり,以後松浦氏は亀尾城に城代を派遣して壱岐を統治するのである。城は中世の典型的な平山城で,その規模はよく整っている。現在,本丸跡は公園となり,二の丸跡には観光会館と幼稚園が,三の丸跡には公立病院がそれぞれ建っている。亀尾城は,築城から明治に至るまで,壱岐の政治・軍事の中枢をなした唯一の城である。現在,城跡は建物や道路工事で旧態を損じているが,石垣の一部だけが残っている。昭和52年,県史跡指定。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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