小手田
【こてだ】

旧国名:肥前
古くは籠手田と書いたという(郡村誌)。釜田川流域に位置し,北は玄界灘,西は平戸瀬戸に面する。地名は籠手田氏に由来する。籠手田氏の名は15世紀中頃,平戸松浦豊久の代に登場する。豊久は三男栄を田平安照の養子として,下松浦8家の1つとして田平籠手田の地を給し,現在の田平町山内免に籠手田城を築いてここを本拠とした。以後の籠手田氏の活躍はめざましく,延徳3年の平戸・田平合戦,明応7年の相神浦大智庵城攻撃にも平戸方の先鋒をつとめている。ついで籠手田安経は松浦隆信にも重用され,生月や鷹島を領し,キリシタンとなっている。その後永禄年間の大村純忠との戦いでは平戸勢の主将として,元亀3年の壱岐合戦や文禄・慶長の役にも平戸軍の中枢として活躍している。
【小手田村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【小手田(近代)】 明治22年~昭和29年の南田平村の大字名。
【小手田免(近代)】 年不詳~現在の行政区名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7220734 |





