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桜馬場
【さくらばば】


(近代)昭和53年~現在の大村市の町名。1~2丁目がある。もとは大村市並松郷の一部。地名は江戸初期に植えられた桜並木に由来する。江戸初期までは大村池田分に含まれる放虎原という原野であったが,飯笹平六左衛門胤重(通称千葉卜枕)により開墾され,製紙・製蝋,杉・桜・桃の植林や栽培が行われた。その結果35石の新田となり,宝庫野とも書かれた。桜並木があった道筋はかつての長崎街道で,それまでやや下手の海側にあったのを,飯笹平六左衛門によって現在の国道34号沿いに変更し整備された。当時二重馬場になっており,一方の通りでは馬市が開かれた。備中国岡山の薬種商古川古松軒の旅日記「西遊雑記」には,この界隈の様子を「宝子(放虎原)という所は間の町にて少しき宿場なり。しかれども往来の中に数百株のさくら植ならべ,左右を通行せるよう広き道有り」と記されている。飯笹平六左衛門の屋敷跡は,国道34号沿いに残る。また2丁目の同国道沿いには,飯笹平六左衛門によって建立された祇園社(八坂神社)が鎮座する。この社は,中世に大上戸川端の大村館内にあった祇園社を移したものといいう(大村郷村記)。長崎自動車道池田インターチェンジに通じる森園池田線が開通予定で店舗・事務所などが増え急変しつつある。昭和60年原口町の一部を編入。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7220906