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三里
【さんり】


旧国名:肥前

壱岐(いき)水道に面した伊万里湾口に浮かぶ鷹島の南部に位置し,平坦な台地状をなしている。古くは産里と書かれた時期もあり,松浦党の初期に関与する土地ともいわれてきた(鷹島町郷土誌)。明治期に廃絶した広久山満福寺は当地の中心にあったが,同寺の由緒については,一般に松浦党の祖とされている松浦久が,平安末期宇野御厨検校として下松浦志佐郷今福の梶谷城にあった頃,鷹島の殿浦の日本山に出城を築き,里に別邸を設け,当地の平坦な地形をみて耕地に最適とし,一族のためにここに寺院を建立したという。現在は廃寺となって今宮神社となっている。今宮神社については久安4年松浦久の子直が勧請,満福寺境内に建立し,久を今宮神社に祀ったものという(松浦家世伝)。なお,現在里免の住吉神社に所蔵される大般若写経と懸仏御正体は,いつの頃か今宮明神より移されたものであるとする説もある。境内には松浦久と14代答の墓所(空墓か)があり,その他元寇殉難将士の墓標や五輪塔・宝篋印塔が数多くある。ただし,松浦氏の墓所については,昭和49年の埋蔵文化財の発掘調査により,墓坑はなく祭祀と供養のためのものと判明した。
三里村(近世)】 江戸期の村名。
三里免(近代)】 年不詳~現在の行政区名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7220989