仁田
【にた】

旧国名:対馬
対馬の北部西海岸に位置し,海岸沿いに集落がある。「津島紀略」には「仁田〈仁多〉,在犬浦之東,境内分為六村,曰樫滝〈加志多幾〉,曰下里〈志茂坐土〉,曰瀬田〈世多〉,曰影山〈加芸耶麻〉,曰中栗巣〈奈加久留須〉,曰飼所〈加伊土古呂〉,下里去府十五里五町,自樫滝至下里七町,自下里至瀬田八町,至中栗巣十町,至飼所十町,至犬浦二十三町,至佐護深山二里二十六町,至舟志四里二町」とある。上県(かみあがた)郡第一の高峰御岳(別名仁田岳)より南流する仁田川の流域に形成された散村で,樫滝・下里・瀬田・影山(別名宮原)・中栗巣・飼所の6つの集落を抱えている。下流の下里から樫滝には弥生時代の遺跡が多く,上流の中栗巣には銅矛出土遺跡があり,瀬田には国本神社(国史所載社)と天道観音(対馬六観音の1つ)の祠があるなど,島内有数の名邑とされ,また交通路の要衝として古い山道が四通していた。地名の由来については「津島紀事」に「藤仲郷云,仁田者御田之転語,御田者八幡本宮饌田,因所以名也,或云水田之訛也,諸説皆不為的,恐以当邑在三岳之下,称三岳村之下略而,又美尓転訛者乎」としているが,中世文書に「にた」または「ぬた」とあることから,沼田(ぬた)からの転訛とみるのが妥当と思われる。沼田は全国に多い地名で,牟田と同じ。仁田川下流の泥土の意と解される。御岳は本島の代表的霊山で,御岳鳥類繁殖地として国天然記念物に指定されている。仁田川は佐護川に次ぐ第二の長流。仁田浦(仁田湾)は湾岸に犬ケ浦・御園・越高の三浦を抱えた深浦である。
【仁田(中世)】 南北朝期~室町期に見える地名。
【仁田村(近世)】 江戸初期の村名。
【仁田村(近代)】 明治41年~昭和30年の上県郡の自治体名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7222190 |





