上土
【あげつち】
旧国名:肥後
大鞘川最上流左岸南方に位置する。当地から現在の八代(やつしろ)市岡町谷川・岡町中などと結ぶ線は南北朝期~戦国期における八代城の北防衛線で,上土城は蜂須賀家親(名和氏の臣)が文亀元年に構築した海辺の軍事要点であったが,八代が相良氏に制されると岩崎主馬忠久が城主となり,岡城の支城の役を果たした。岩崎主馬は永正2年古閑淵前の地に藺草を栽培し,住民に普及奨励したという(大法寺由緒書/千丁村史)。
【あげ土(中世)】 戦国期に見える地名。
【上土村(近世)】 江戸期~明治9年の村名。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7223463 |