大江①
【おおえ】

旧国名:肥後
白川下流左岸に位置する。「肥後国誌」は,当地域に長者が住んでいたという伝承を記し,また「蚕ヲ多ク養タリト云,私案白川筋子養,渡ニ近シ,和名類聚ニ出タル蚕養ト云ルハ此所ニアラズヤ」として,古代の蝅
郷に含まれた地域と推定している。また「延喜式」兵部省諸国駅伝馬条に見える蝅養駅は当地域内にあったとも伝えられるが未詳。また鎌倉期,安貞2年に法然の高弟聖光房弁阿が四十八夜の別時念仏を修したという往生院跡が,旧往生院として残る。
【大江(中世)】 戦国期に見える地名。
【大江村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【大江村(近代)】 明治22年~大正10年の自治体名。
【大江(近代)】 明治22年~大正10年の大江村の大字名。
【大江(近代)】 大正10年~昭和52年の熊本市の町名。
【大江(近代)】 昭和41年~現在の熊本市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7224037 |





